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2017年10月13日 (金)

希望の党の孕む危険性 「リセット」は日本のよき伝統を破壊する国難だ 日本大学教授・先崎彰容

 下記は、2017.10.12 付の【正論】です。
                       記
 今回の衆院解散の大義は、「国難」の打開にあると安倍晋三首相は言っている。北朝鮮への対応と少子高齢化対策の抜本的変更について国民に信を問う。
 この大義名分を批判しつつ、あくまでも保守政党を自任するのが希望の党ということになる。希望の党に受け入れを認められない、あるいは拒否したグループが立憲民主党を掲げ、社民・共産と連携しつつ第3の勢力をつくる−選挙情勢はこうして固まりつつある。
≪政治状況は細川政権の延長線≫
 しかし、表面的な事実から見ても、政治情勢の推移からしても、今回の三つどもえの選挙戦は全く新しい事態では「ない」。筆者はこれまでにも複数の講演で、現在の日本政治は、今から30年近く前に注目することが必要だ、と述べることから始めてきた。
 国会前デモが起きれば1960年代が参照され、選挙になれば安倍政権「5年」の採点だと騒ぐが、前者は長きにすぎ、後者は短すぎる。
 今回の選挙は90年代初頭、とりわけ細川護煕政権前後の政治状況から復習せねばならない。構造が似ている、というよりその延長線上にあるからだ。
 細川政権誕生の経緯を略述しておこう。「55年体制」の自民党一党支配に対する国民の食傷感が、日本新党と新生党などの出現に新鮮さを感じさせ期待をもたせた。

 理由は紋切り型の批判だけを吐き続け、実際の政権担当能力を欠いた社会党への違和感を、これら保守新党がすくい取る役目を果たしたからだ。新政権の「顔」だった細川氏を担いだのは、二大政党制の必要性を掲げて自民党を飛びだした小沢一郎氏だった。
 小沢氏だけではない、細川氏も羽田孜氏も武村正義氏すら自民党出身だといえば、今回の希望の党の顔ぶれに重なってしまう。
 大前研一氏なる人物が登場する際に掲げた政策が「規制緩和」と「地方分権」であり、その政党名が「平成維新の会」だったといえば、膝を叩(たた)く人も多いのではないだろうか。
≪「アメリカ追従」で揺さぶり≫
 また当時、小沢氏の自民党批判は、東西冷戦構造でアメリカ側についているだけで十分だという「アメリカ追従保守」自民党に揺さぶりをかけることだった。憲法9条に「第3項」を付け加え、国連との関係を意識した自衛隊の性格を明記せよ、とは他ならぬ小沢氏の考えであった。
 国際社会秩序の激変に敏感に反応し、だからこそ国内改革も必要だ、その改革こそ選挙制度改革なのだというのが、小沢氏の考えだったのである。

 冷戦以後の国際情勢に目を転じてみるがよい。2017年の今日は、冷戦崩壊とアメリカの国力衰退によって、世界を二極で説明する時代が終わり、「多極化」の時代がやってきた。つまり「世界情勢が見えにくい」時代になった。
 これはわが国周辺の極東アジアが、本来であれば1990年代から、世界情勢と同様に多極化・混沌(こんとん)化し始めたということである。
 しかし日米安保関係を自明の前提とし、また世論全体が国際情勢=経済情勢で眺めることに慣れ切った日本では、90年代からつい最近まで、注目はひたすら中国の経済成長を中心に語られてきた。
 だから今回、北朝鮮情勢がトランプ米大統領の出現によってにわかに顕在化し、それに対応する安倍政権が、これまた「にわかに」強硬策に出ているように見えるのは間違いである。
 国内政治からみても、国際政治の推移からしても、私たちは90年代に始まった出来事の渦中に、現在も直面しているのだ。30年も前から、今日の北朝鮮情勢を含めた混乱は予想できたことだし、対応策は公開の場で議論されているべきであった。

≪希望の党は腰の据わった保守か≫
 つまり、今回の「国難」とは、直近の北朝鮮情勢を言うのではない。また総選挙の意義を「ここ5年の安倍政権の総括」だというのも短期的に過ぎることが分かるだろう。改革保守政党を掲げる希望の党が、この時期の細川・小沢両氏が構想した政治改革路線を、いよいよ実現するために出現した政党であることは、一目瞭然のはずである。
 だとすれば、希望の党という小池新党は、次のような可能性と危険性を孕(はら)んでいると指摘することができよう。第1に、アメリカ追従保守・自民党に反旗を翻す以上、希望の党は対米追従ではない、日本独自の防衛政策と国家像を追求するような政党になるのかどうか。
 第2として、国内の諸制度を「リセット」すると言っている以上、規制緩和をこれまで以上に進め、結果、日本の「相互扶助」のよき伝統を破壊するかもしれないこと。第1は可能性であり、第2が危険性の指摘ということになる。
 しかし、希望の党に可能性はないだろう。腰の据わった保守政党ではないからである。かくして筆者は第2の危険性、伝統の喪失を「国難」だと見なすものである。
 (日本大学教授・先崎彰容 せんざきあきなか)
 

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